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岩塚製菓×旺旺集団

新潟の米菓メーカー「岩塚製菓」と台湾企業である「旺旺グループ」は1983年に技術提携し、両社の取り組みは30年が経ちました。

岩塚製菓×旺旺集団の同盟のロゴ

HISTORY

岩塚製菓との出会いをなくして、今の旺旺集団の発展はないと言っても過言ではありません。

1977年、当時の旺旺(前身の宜蘭食品工業)は水産加工を営んでおり、家業を継いだ蔡衍明氏は北海道によくイカの仕入れに来ていました。蔡氏が当時日本で売られていた岩塚製菓の「サンフレンド」にほれ込み、岩塚製菓の創業者で社長だった槇計作氏に技術協力を仰いだのが、旺旺と岩塚の出会いのきっかけでした。

そこから蔡氏は新潟を度々訪れ、3年の月日をかけ槇氏を説得。
槇氏は旺旺への技術支援にあたって、指定の原料・設備を使うこと、技術指導を受け続けることを条件に、1983年、晴れて技術提携することとなりました。
岩塚製菓の出資と技術供与を受けた旺旺は、米菓を台湾と中国で販売し急成長。苦境を救われた蔡氏は槇氏を「旺旺の父」と呼び、さまざまな機会をとらえては感謝の念を表し、「恩」を決して忘れません。

「旺旺の父」 槇計作氏の写真 水を飲むときその水源を思う「旺旺の父」 槇計作氏

旺旺上海本部の1階ロビーには、岩塚製菓の槇計作元社長の銅像が置かれています。
当時、まだ若者であった蔡衍明氏に米菓の 技術指導を約束し、旺旺の米菓事業が始まりました。
蔡氏はこの恩を感じ、槇計作氏を「事業の父」と尊称しており、旺旺社員も槇計作氏を 「旺旺の父」と尊称しています。

「有縁相聚」と「惜縁」の扁額 「有縁相聚」と「惜縁」の扁額

「縁を惜しむ」というのは岩塚製菓の槇計作元社長が提唱していた理念です。
旺旺は縁を重んじ、縁を大切にしています。旺旺という大家族の中で、旺旺人全員が心を合わせて、同じ志向、同じモラルを共有することを目指しています。

世界で愛される「旺旺ブランド」に成長

「有縁相聚」と「惜縁」の扁額

岩塚製菓と旺旺集団との技術提携から30年超。
旺旺は岩塚製菓の品質基準と技術指導に基づいた「本物の味」を、台湾・中国国内のみならず世界の国々へお届けしてきました。
旺旺の商品は、今や世界56カ国で親しまれており、「米菓生産量世界No.1メーカー」へと成長しました。

※ 日本には400社を超える米菓メーカーがあります。
400社すべてを合わせた日本の米菓マーケットは年間約23万トンの生産量になります。
それに対し、旺旺グループは年間約26万トンの米菓を生産量しており、1社で日本全体の生産量を超えております。

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